この写真では、500年ほど前に陥没したといわれるキラウエア・イキ火口と、1959年の噴火でできたプウ・プアイという噴石丘、その向こうには山頂部のカルデラ、そしてカルデラ内にある巨大なハレマウマウ火口から出ている噴煙、そしてその奥にはマウナ・ロアも見えています。
以下のビデオは1959年のキラウエア・イキ火口の噴火と、1960年のカポホの噴火の様子です。

以下のビデオは1959年のキラウエア・イキ火口の噴火と、1960年のカポホの噴火の様子です。
イエイエ('ie'ie)で作った籠の中に入っているものはニウ(niu)の実の繊維です。(ココヤシのことをハワイ語でニウと呼びます)
ニウの実の繊維を水で濡らしてしっとりとさせて縄を編みます。この縄のことをアハ('aha)と呼びます。
2束の繊維を 太股の上に置いて、手で転がさせるように動かすと縄ができます。上の写真のものは細いですが、下の写真のものは直径1センチぐらいのものです。
タコノキ科ツルアダン属のイエイエ ('ie'ie)の根で作ったこの網籠は魚を捕まえるためのものです。左側の穴から魚が泳いで網籠の中に入っていくと、出られないように仕組まれています。このような籠仕掛けのことをヒーナイ(hina'i)と呼びます。網籠の形や大きさは、目的の魚によって様々です。
これは昔のハワイの人たちが使っていた穴を開けるための道具です。ウィリ(wili)と呼びます。
オーヒアのような硬い木と、ヤシの繊維で作ったロープと、真ん中に穴を開けたディスク状の石で作ったもので、先の部分にあるのは貝殻です。
まず横の棒を縦の棒の周りに何回か回転させるとロープが縦の棒に絡みます。そして横の棒を両手で軽く押し下げると縦の棒が回転します。下げた両手をそっと緩めると、縦の棒は再び回転して元の位置に戻ります。それを繰り返して穴を開けます。手動式のドリルです。
昔、雨の多い森の中で鳥の羽を採集する人、キア・マヌ(kia manu)などがレインコートとして着ていたものは、乾燥させたキー(ki) の葉、ラーイー(la'i)で作ったクイ・ラーイー(kui la'i)というものです。
葉っぱが濡れるとペタッと倒れるので内側に雨水が入ってこないです。
雨降りの日の森の中は気温が低く寒いですが、これを着ていると寒さをしのぐことができます。足まですっぽりと体を包み込むことができます。頭を中に入れてしまうことも可能です。
カヌーで海へ出ると、雨をしのぐことができるところはありませんから、クイ・ラーイー(kui la'i)は大変役に立ったことでしょう。強い日差しから体を守ることもできます。葉っぱが乾いているときは全体的にふわっとした感じで風通しがよいです。
内側はこのように網状になっています。網の目を伸ばすと約1インチのサイズです。網はイラクサ科のオロナー(olona)などの繊維が使われました。
ハク・レイ
ハクとは編むこと、色んな植物を編みこんで作った頭に飾るレイ。
真っ赤に色づいたアアリイの実
オーヒア・レフアの葉と、淡いピンク色で花のように見える新芽「リコ・レフア」
やわらかい産毛が生えたオーヒア・レフアのつぼみ
標高105(610) −1850メートルの森に生えるハワイ固有のシダDiplazium sandwichianumです。ハワイ語でホーイオ(ho'i'o)と呼びます。マウイ島ではポホレと呼びます。先住民はこのシダのまだ開いていない巻いた若芽や若葉を生で、ポイ(poi ふかしたタロイモに水を加えて作った食べ物)やオパエ(opae 淡水エビ)といっしょに食べていました。 (現在ではハワイ固有の淡水エビは減少してしまっていて、タヒチ原産のテナガエビが沢山棲んでいます。)下の写真はホーイオの葉の裏です。
因みに、ハワイには同じくホーイオと呼んでいる東南アジアなどを原産地とするシダ(1910年にカウアイ島で帰化植物となっているのがわかったそうす)があり、このシダDiplazium esculentumは、標高が低いところの川の側や渓谷内のじめじめしたところに群生します。ハワイ島ではワイピオ渓谷やアカカの滝などを含め北東部の雨の多い環境に群生しています。このシダはホーイオ(ho'i'o)以外にも、フィリピン風にパカ(paka)と呼ばれたり、日本風にワラビ(warabi)と呼ばれたり、マウイ島ではポホレ(pohole)と呼ばれています。現在ではこの外来種のシダをよく食べます。