エコツーリズムと自然保護について考えるためのブログ。<ダーウィンが、ガラパゴス諸島ではなく、ハワイ諸島で進化論を提唱していたら、ハワイの開発や観光のあり方も異なっていたかもしれない・・・>

質:
 訪問者にとって「質の高い経験」を提供する。
 受け入れ側の社会の「生活の質」を損なわないようにして、改善する。
 受け入れ側の「環境の質」を保全する。

持続性:
 「自然資源の持続性」と「文化の持続性」を重視し保つ。


バランス:
 訪問者のニーズと、受け入れ側の自然・文化・人的環境のニーズとのバランスが崩れないようにする。



このブログは、ハワイ島でエコツアーを案内するHAWAII NATURE EXPLORERSの環境保護への取り組みのひとつです。緑豊かなヒロよりアロハをこめて発信しています。

テーマ:自然と自然保護 - ジャンル:趣味・実用

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木は地球上で一番長生きをする生物です。
Trees are the longest living organims on earth.


 



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 Before doors,
the outdoors was just called home.


  




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ヨセミテ国立公園の100倍の広さの北西ハワイ諸島海洋国家遺産がパパハナウモクアケア海洋国家遺産と改名されました。パパハナウモクアケアは「パパ」「ハナウ」「モク」「アケア」という4つのハワイ語の単語からできています。


「パパ」とは大地やサンゴ礁のことです。また母なる大地の神のことでもあります。「ハナウ」とは出産するという意味で「モク」は島です。「アケア」とは広いという意味です。また、父なる天の神のことでもあります。


ハワイ文化に精通した学者や実践者たちが6ヶ月の期間を経て5回ぐらいのミーティングを行った結果、選び抜かれた名前だそうです。


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北西ハワイ諸島における自然保護の歴史
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Puuhonua O Honaunau2007年2月22日、The Trust for Public Land (歴史的・文化的に重要な土地、自然、公園などを守るために1972年に設立された米国の非営利団体) とThe National Park Service (米国国立公園局) により、プウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園の拡大を祝うセレモニーが行われました。


1981年までは、プウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園の土地は、海からマウナロア山の斜面に向かって7120エーカーにおよぶホナウナウというアフプアアの一部でした。


1848年にグレート・マヘレという土地制度が制定されて、カメハメハ1世の孫娘であるミリアム・ケカウオノヒの土地となりました。彼女の最初の夫はカウアイ島の王様の息子でケリイアホヌイでした。2番目の夫はコナの酋長の子孫であるレヴィ・ハアレレアでした。ミリアム・ケカウオノヒの死後、りーヴァイ・ハアレレアがこの土地を相続しました。


1867年には、チャールズ・R・ビショップが妻のバニース・パウアヒ(カメハメハの孫娘)のために、この土地を買いました。バニース・パウアヒはカウヴァロマリエ(王族が住んでいた場所)にココヤシをたくさん植えました。男性たちが穴を掘り、バニース・パウアヒが芽生えたココヤシを置き、女性たちが砂で覆ったそうです。


1891年(バニース・パウアが亡くなってから6年後)、チャールズ・R・ビショップは、この土地をバニース・パウアヒ・ビショップ・エステイト財団に譲渡しました。同財団は、昔プウホヌア(犯罪者が罪を逃れることのできる場所であり、戦争中には女性、子供、老人たちにとって安全な場所)として使われていた部分の土地をサミュエル・デイモン氏に賃貸しました。サミュエル・デイモン氏は石垣などの修理を開始し、1902年に完了しました。


1919年にビショップ・ミュージアムのジョン・F・G・ストークス氏がプウホヌアの考古学的・民俗学的な調査を行いました。1956年と1957年にも調査が行われました。


1961年にプウホヌア湾からキイラエ湾までの海に沿った土地182エーカーがプウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園となりました。そのうち25エーカーはキイラエという昔の漁村の一部でした。キイラエには1930年ごろまで人が住んでいました。


キイラエ村の残りはマクキャンドレス牧場の所有地の一部でしたが、相続人たちが2000年7月に売りに出し、この土地を含む800エーカーの土地をCMI Develepmentという不動産開発会社により住宅地としての開発への動きが始まりました。


この土地には文化・歴史・自然遺産として未開発のまま残しておくべき土地を含んでいるので、開発されないように保護するための草の根運動が始まりました。


プウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園の公園拡大の許可と予算(460万ドル)が下りるまでに時間がかかるため、2001年に、プウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園に隣接した238エーカーの土地を開発から守るために、まずはThe Trust for Public Land が買い取りました。


2006年にプウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園の拡大が可能になり、The Trust for Public Land と国立公園と間での土地の売買が完了しました。この結果、プウホヌア・オ・ホナウナウ国立歴史公園の規模が182エーカーから420エーカーになり、キイラエ村跡全体が保護されるようになっただけでなく、山側の農地跡も保護されるようになりました。


この歴史公園は、年間約50万人もの人々が訪れています。これからも自然・文化遺産として次世代へと受け継がれていくでしょう。



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長谷川 久美子

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